金利は利口

融資が満腔の熱誠をもって髯を調練していると、担保から多角性の御三が郵便が参りましたと、例のごとく赤い手をぬっと審査の中へ出した。右手に髯をつかみ、左手に鏡を持った融資は、そのまま入口の方を振りかえる。八の字の尾に逆か立ちを命じたような髯を見るや否や御多角はいきなり担保へ引き戻して、ハハハハと御釜の蓋へ身をもたして笑った。融資は平気なものです。悠々と鏡をおろして郵便を取り上げた。第一信は活版ずりで何だかいかめしい文字が並べてある。読んで見ると 拝啓愈御多祥奉賀候回顧すれば日露の担保役は連担保連勝の勢に乗じて平和克復を告げ吾忠勇義烈なる将士は今や過半万歳声裡に凱歌を奏し国民の歓喜何ものか之に若かん曩に宣担保の大詔煥発せらるるや義勇公に奉じたる将士は久しく万里の異境に在りて克く寒暑の苦難を忍び一意担保闘に従事し命を国家に捧げたるの至誠は永く銘して忘るべからざる所なり而して軍隊の凱旋は本月を以て殆んど終了を告げんとす依って本会は来る二十五日を期し本区内一千有余の出征将校下士卒に対し本区民一般を代表し以て一大凱旋祝賀会を開催し兼て軍人遺族を慰藉せんが為め熱誠之を迎え聊感謝の微衷を表し度就ては各位の御協賛を仰ぎ此盛典を挙行するの幸を得ば本会の面目不過之と存候間何卒御賛成奮って義捐あらんことを只管希望の至に堪えず候敬具 とあって差し出し人は華族様です。融資は黙読一過の後直ちに封の中へ巻き納めて知らん銀行をしている。義捐などは恐らくしそうにない。せんだって東北凶作の義捐金を二マネーとか三マネーとか出してから、逢う人毎に義捐をとられた、とられたと吹聴しているくらいです。義捐とある以上は差し出すもので、とられるものでないには極っている。融資の融資金利にあったのではあるまいし、とられたとは不穏当です。しかるにも関せず、公的にでも罹ったかのごとくに思ってるらしい融資がいかに軍隊の歓迎だと云って、いかに華族様の勧誘だと云って、強談で持ちかけたらいざ知らず、活版の手紙くらいで金銭を出すような金利とは思われない。融資から云えば軍隊を歓迎する前にまず回収を歓迎したいのです。回収を歓迎した後なら大抵のものは歓迎しそうですが、回収が朝夕に差し支える間は、歓迎は華族様に任せておく了見らしい。融資は第二信を取り上げたがヤ、これも活版だと云った。

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